FC2ブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007.07.31 留学先の選定
さて、留学先を選ぶにあたって僕の希望は、

1.寮生活ができること。
  中学時代の楽しい寮生活をそのまま高校でも続けたかった。

2.日本語の授業があること。
  たいていの日本の高校では外国語の授業というと英語が必修だが、もともと英語が母国語の
  NZでは外国語はフランス語や日本語、韓国語や中国語から選択が出来る。
  日本語の授業があるってことは、学校の中に日本語が理解できる人が最低一人はいるってこ                       と。
  英語に自信のない僕にとって、いざという時に頼れる人がいるのはありがたいこと。

3.テニスが出来ること。
  大好きなテニスをNZでも引き続き続けたかった。

4.出来れば共学。

以上の条件をもとに、ニュージーランドの留学生受け入れ可能な学校リストを一つづつチェックしていったところ、十数校が残った。

それらの学校にメールを出し、かんじの良かった学校をさらに選び出した。

かんじの良かった・・・って言うのは僕の拙い英語を一所懸命理解しようとして下さり、丁寧なお返事を下さったところ。まだまだ英語初心者の僕を受け入れても我慢強く(?)面倒見てもらえそうなところ。
親元を離れて一人ぼっちでこれから3年間過ごす間にはいろんなことがあるだろうけど、いつも親身になってケアしてくれそうなところ、と思った学校です。

メールを何通かやり取りして、最終的に5校位に絞った。

僕が驚いたのは、書き出しは会ったこともないのにファーストネームで呼ぶことだった。

「ハーイ、おじゃる。元気でやってる?日本はそろそろ夏になるの?
 こっちはだんだん寒くなってきたよ。」

なんて具合のメールが直接校長先生から来るんだ。
(ただし、大きな学校は留学生のお世話をするスタッフがいる)

そうしているうちに、中3の1学期も残り僅かになり、夏休みを利用して直接現地に行ってみよう・・・ということになったのでした。
スポンサーサイト
ここのところ、新聞を見る(僕の場合読む、ではなく見出しを見るっていうかんじ、トホホ・・・)と毎日のように原発関係のニュースが一面を飾っている。


僕は3年前の新潟中越地震がおこったとき、ちょうど学校が夏休みで帰国していたこともあって、ほんのちょっとだけボランティアに行ったことがある。仮設住宅を作るお手伝いをしてたんだけど、寒さで手がかじかんでいうことをきいてくれなかった。
その話はまた別の機会に書くとして、今回は雪で家が崩壊する危険とかはないものの、この暑い中、体育館で大勢の人と過ごすのはまた別のたいへんさがあると思う。それに加えて放射能漏出の可能性におびえているのだ。


ニュージーランドには原子力発電所はない、地熱発電というのをやっている。電車やバスに乗っていると土から湯気の出ているのを見かける。

日本のように人口が多くない(400万くらい)、自動車も作ってない、みんな10年落ちくらいの中古の日本車に喜んで乗っている。
でもシャワーを浴びていると突然水になったり、冬場は本当につらかった。

それでも不便は承知で、「核はもたない」ことにしたのだ。

原子力発電所が無いだけではなく、原子力船の寄港も禁じているそうだ。

キウイのそんなところが好き、だなんて思う僕も音楽を流し、エアコンをつけ、こんな遅い時間にPCをたたいてる!文明を思いっきり享受してる・・・・。

「確かに便利な生活はいいね。でもそのためにどこかに原子力発電所を作って、そこに住む人だけが怖い思いをするなんてアンフェアだよ。僕たちは今のままでいいよ。」
って多分僕の友人たちのキウイは言うだろう。
2007.07.11
今日は僕がニュージーランドに留学する前の話です。

僕は産まれたときの体重は2300gと小さく、おまけに3月生まれだったので同じ学年の子供と比べ(というか、もっと下の学年の子と比べても!)何をするのも遅い子供でした。

両親はそんな僕を心配し、地元の下町特有のちゃきちゃきした子供の多い学校でなく、隣の区の1クラスしかないのんびりした小学校を選んでくれました。(そこで僕のまったりした性格はさらに磨きがかかることに・・・)

両親とも仕事が不規則で、晩御飯の時間もまちまちだったので、せめて育ち盛りの間は毎日同じ時間にきちんとした食事を、と考え中学は寮制の学校に進みました。

最初は嫌で暫く泣いてばかりでしたが、僕が熱を出した時、ルームメイトが夜中に何度も氷枕を取り替えてくれたりしたのをきっかけに、寮生活っていいな、と思えるようになりました。彼は面会に来て下さったご両親を「うざいんだよ」と罵倒していて、こんな怖い人と一緒に生活していくなんて嫌だな、と思っていましたが、世の中にはいい人と悪い人がいるのではなく、みんな良い面を持っているのだ、と知ったのです。

皆でお風呂に入ったり、寮監さんにばれない様小さな声で消灯時間を過ぎて眠りにつくまでガンダムの話をしたり、休みの日は朝食の前からサッカーをしたり、寮生活は楽しいものでした。

ところが学校で派閥争い(?)のようなものがあって、先生が3ヶ月おきくらいの頻度でころころ変わる。それに伴って教科書も変わって何度も習う単元もあるかわり、習ってないところも出てきてしまったり、友達もどんどん転校していきました。

そんななかで高校はどうするのか、このまま進級してもいいのか、かと言って塾にも通えない状態で受験も出来ない・・・という状況でまさに選択肢を消去法で選んだのが留学でした。

つまり僕は、自分ですすんで留学したいと思ったわけではないのですが、振り返ってみて、本当にいい選択だった、ラッキーだったと思っています。


無料blog








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。