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今回の休みはタイでマッサージを習うことにした。
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2008.07.16 授業の様子
今回は授業について書いてみます。

短期留学生ということで、チューターのアドバイスに従い、選択した科目はPE(体育)、音楽、(外国語としての)日本語、数学、ESOL(留学生用の英語)。

PEはやりたいスポーツをまるで課外活動の部活のように選べた。
ただ、やりたかったテニスは、NZでは夏のみのスポーツということで選択できなかった。
(都会では1年中出来るところもあるらしい)
折角立派なテニスコートが何面もあるのに、もったいない。
ネットがだらんと垂れ下がったままだった。
もったいないといえば、ゴルフコースだってあるのに夏しか使わないとかで草ぼうぼう。
農場の羊が進出してきて寝そべっている。
ラグビーとかもあったけど、ボクはサッカーを選んだ。

音楽も何かしら楽器を選んで専門的に習うのだ。
ピアノは小さい頃習っていたけれど、全くものにならなかったので、ギターにした。
結果は同じだったけど。

日本語は日本に何年か留学したことの先生が担当だった。
ボクのように、あまり英語が流暢でない人間には、学校の中に日本語がわかる人がいてくれるというのは、心強い。
それに授業が英語で行われるにせよ、日本語についての説明は想像できるので、いいヒアリングの練習になる。

数学は、ボクにとって苦手科目の1つだったけれど、この国ではそんなに悪くないレベルだった。
英語の能力も必要ないし・・・・。

ESOLは1つの教室に留学生が集まって勉強するんだけれど、それぞれの能力に応じて個々に進んで行く。まるで分校の授業みたいだ。
ペンギンブックスなどのペーパーバックを使ったり、トピックスを与えられて作文を書いたりした。

大学のように休み時間に次の教室に移動して、先生のいらっしゃる教室に行くんだ。

日本と違ったところは、どなたか授業を見学にみえたりすると、いっせいに立ち上がって礼をしなければいけないこと。それと機能の複雑な携帯が普及していないせいか、授業中にメールするような生徒がいないことかな。
2008.07.15 # 反省
毎日の生活にかまけて、ブログの更新を全くしていなかった。

このままではせっかくのNZでの生活をどんどん忘れてしまう。まずい・・・

もうすぐ試験が終わり夏休みになるので、これからこまめに更新することにしよう!と反省。




今日、最後の試験があった。
昨日ずっと勉強していた刑法は全く出題されず、福祉ばかり出た。

来週TOEICの試験があるけど実質今日から春休みだ。
ずっと家でまったりすごしたいんだけど、
「いつまでも寝てるんじゃない!バイトでもしなさい!!」
ってうるさく言われるのが苦痛

いつもの300人教室に行ったら20人位しかいなかった。
変だな、と思って掲示板を見てきたら違う教室で試験をすることになっていた。
友達に
「OOOO教室になってるよ」
って教えたら、そこにいた20人が全員立ち上がって移動した。

家に帰って父にそのことを話したら固まっていた。
僕の大学は父の母校なんだけど、父はそこそこ勉強が出来、一所懸命勉強して入学したそうだ。
自分の息子が母校に入るのを喜ぶ反面、
「おじゃるでも入学できるのか・・・」
とショックでもあったらしい。

だけど僕よりのんびりしている人が少なくても20人くらいはいるんだ、
という事が今日判明した。
2007.07.11
今日は僕がニュージーランドに留学する前の話です。

僕は産まれたときの体重は2300gと小さく、おまけに3月生まれだったので同じ学年の子供と比べ(というか、もっと下の学年の子と比べても!)何をするのも遅い子供でした。

両親はそんな僕を心配し、地元の下町特有のちゃきちゃきした子供の多い学校でなく、隣の区の1クラスしかないのんびりした小学校を選んでくれました。(そこで僕のまったりした性格はさらに磨きがかかることに・・・)

両親とも仕事が不規則で、晩御飯の時間もまちまちだったので、せめて育ち盛りの間は毎日同じ時間にきちんとした食事を、と考え中学は寮制の学校に進みました。

最初は嫌で暫く泣いてばかりでしたが、僕が熱を出した時、ルームメイトが夜中に何度も氷枕を取り替えてくれたりしたのをきっかけに、寮生活っていいな、と思えるようになりました。彼は面会に来て下さったご両親を「うざいんだよ」と罵倒していて、こんな怖い人と一緒に生活していくなんて嫌だな、と思っていましたが、世の中にはいい人と悪い人がいるのではなく、みんな良い面を持っているのだ、と知ったのです。

皆でお風呂に入ったり、寮監さんにばれない様小さな声で消灯時間を過ぎて眠りにつくまでガンダムの話をしたり、休みの日は朝食の前からサッカーをしたり、寮生活は楽しいものでした。

ところが学校で派閥争い(?)のようなものがあって、先生が3ヶ月おきくらいの頻度でころころ変わる。それに伴って教科書も変わって何度も習う単元もあるかわり、習ってないところも出てきてしまったり、友達もどんどん転校していきました。

そんななかで高校はどうするのか、このまま進級してもいいのか、かと言って塾にも通えない状態で受験も出来ない・・・という状況でまさに選択肢を消去法で選んだのが留学でした。

つまり僕は、自分ですすんで留学したいと思ったわけではないのですが、振り返ってみて、本当にいい選択だった、ラッキーだったと思っています。


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